Le Chevalier du Lion d'Or

ル・シュバリエ・デュ・リオンドールで起こる日々の出来事・・・
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Can't Go Home Again,Baby


比べてみよう。



ここにあって、アベイ・ドゥ・サン・アルセーヌに無いもの。
ここにあって、ラ・トリステス・ドゥ・レトアールに無いもの。
ここにあって、ル・シュバリエ・デュ・リオンドールに無いもの。



「まぁ・・・そりゃあ・・・」



ベッドから起き上がり夢うつつ半ば。
まだ重い体を引きずって窓を開け放つ。
身体を突き抜けていく強烈な香り。
風が、空が、太陽が。
ここが今まで過ごした場所とは違うと通りすがりに怒鳴っていく。



「海・・・見える所だろうな」



なにせここでの目覚ましは、
鼻腔から体をくすぐる典麗な紅茶の香りでもなく、
規則正しく訪れる執事の挨拶でもなく、
ましてやその執事を館中に響き渡るような大音声で呼ぶ弟でもない。



「波音で目が覚めるって・・・いやぁ・・・」



そりゃあ危ない薬を使われたり、
食い意地の張った幼馴染みのいびきで起こされるよりは・・・
まぁ、ずっと良いものなんだろう。

それにしても・・・



「ん〜、思えば遠くまで来たものだぁ〜」



まだ幾分かまとわりつく眠気を払うように体を思いきり伸ばす。
伸ばした腕の先には水平線に満ちた大海原が広がっていた。
それを掴んでみようと試みても、掌に海が収まるはずもなかった。



脱力して窓辺にもたれる。
この大海の向こう側にはヴィスラーマ王国がある。
身を乗り出そうが目を細めてみようが、決して見える事はないのだけれど。



「でも・・・確かにこの海の向こう側から来た」



ウィルマ様が所有する別邸の一つ。
故あってヴィスラーマを出立することになり、流転を経て現在はここにいる。
勿論、これもまだ目的地に向かって移動している最中であり、
定住を目的とした滞在ではない。



「アルセーヌ、レトアール、リオンドール、ネフィラ・クラヴァータ、
 ヴィスラーマ・・・はは、まるで宿無しの犬だな」



物心ついた時から様々な環境で、様々な人達と居住を共にしてきた。
仄暗く影を落とすような辛い想いをした事もあった。
しかしどの場所でも、かけがえのない大切な人達に会う事ができた。



そして・・・その人達に対して共通して言える事がある。



「ちゃんと・・・別れを済まして出てきたわけじゃないんだよなぁ・・・」



だからなのかもしれない。
どこか緊張している。
目的地に対して、回れ右して海を泳いでいきたいような気持ちになっている。



初めて、なのだ。
帰っていくという事が。



なんと言うべきなのだろう?



「ただいま」なのか「ご無沙汰しています」なのか。



どんな顔をしていればいいんだろう?



「会えて嬉しい」なのか「帰ってくるつもりはなかった」なのか。



「んん゛〜・・・」



ヴィスラーマを出立してから何度となく試みる想像。
幾通りもの再会のシミュレーション。
けれどそのどれもが都合がよい気がして、胸に収まる事はなかった。



「・・・ドーソン家を継ぐより、難しい」



寝癖で乱れた髪を無造作に掻きむしる。
考えていたって仕様がない。
着いてから考えようとこの旅に出て何度目かの決心を固め、
一人でいるよりはいいかと部屋を出る事にした。
| 次男 クライド・ハンニバル・ドーソン | 17:00 | comments(0) | - |
I can help you spread your wings


ドーソン伯爵家はダニエル・ブラッドリー・ドーソンのものである。



四人共、この三年間研鑽を重ねそれぞれが名のある後見人を
導く事ができたようでなにより。



しかし元来、家督は長男が継いで然るべきものであり、
その習慣をみだりに踏み外すという事は、
すなわち伯爵家としての求心力を低下させる事に他ならない。



よって家督は長男であるダニエルに相続させるものとする。



・・・というより、そんな簡単な事、猿でもわかるだろ?
まったく、三年間も猶予をやったというのにお前達は馬鹿の・・・
いや、猿の一つ覚えの様に後見人、後見人とお守りを探す事ばかりに
奔走しやがって。



もう少し視野を広げてみろ?馬鹿息子。
ほら、そこにいるヘンリーなんていかにも怪しいだろ?
だいたい資産諸々の管財はそこの小うるさい執事に一任してあるんだから
そいつを口説き落とすだけでも随分、景色が違って見えるはずだぞ?



まったく、どいつもこいつも「ドーソン」の名ばかりに
こだわりやがって・・・
私の・・・いや、僕の息子たちはどれもこれも、どこかのオルグレンや
カネルヴァみたいに、体裁を取り繕う事に必死なご様子で・・・



ッハン!
いいか、負け犬のお前達が覚えておく必要はないが、せいぜいこれから始まる
第二の人生の足しにでも聞いておけ。



伯爵家を継ぐのも場末の酒場の看板娘を落とすのも、大して差はない。
目的がはっきりと見えている以上、それは所詮ゲームだ。



ゲームが始まった以上、そこには能力の優劣も、生まれの良し悪しも、
ましてや容姿の是非も無い。
目的がわかっているのならどんな手段を使っても、
どんな恥をかいても相手を振り向かせてみろ。
ここ、特に下三人に言っておくぞ。



その点、ダニエルだけは大したものだな。
生まれてからこの方、僕の全てを奪う事に執心している。
メレディスも天国で喜んでいるんじゃないか?
僕の浮気に泣き寝入りするだけの女が、すんなり天国に行けるとは
思わないが。



っま、婚約をこぎつけるまでの手際は見事だが、
僕が死んで話を白紙に戻されるようじゃまだまだだな。
どうせなら早々にヴィヴィアンと既成事実を作るなりしておけば
よかったものを。



まぁ、そういう訳で一応ドーソン家はダニエルにくれてやるが、
あの石頭じゃ早晩凋落するだろ。
あのシェーンハルスだのマードックだののタヌキ親父達を
相手に世を渡っていくにはまだまだ・・・猿だな。



あとは各々好きにやれ!
お父様は天国から君達の活躍を見守っているよ。
君たちが超えられなかった偉大なる父、
サリヴァン・ブラッドリー・・・



「ドーソンより、じゃない!この享楽親父!!!」



言われっぱなしなんて悔しいじゃないか。
そう思って大声を飛ばしてみる。
そうすれば当たり前だろう。
馬車を曳く従者は驚いてこちらを振り返った。



「あ・・・いや、すまない。なんでも・・・なくはないけどなんでもない」



従者に一つ平謝り。
辺りはすっかり暗くなっていて、彼の表情まで読み取る事は出来なかったが、
おそらくさぞ怪訝な顔をしていた事だろう。



「・・・夢かぁ・・・いや、そうじゃなきゃ困るよな」



夢の出来事を反芻するように、右手で頭を掻く。
馬車の中で寝こけている間に多少汗もかいたらしい。
新鮮な空気が欲しくて窓を開けてみる。



「・・・まったく、ヘンリーが時々『アルヴァ様はサリヴァン様の若い頃に
 よく似ていらっしゃいます』なんて言うけど・・・」



・・・どこがだ。
アルヴァの方が随分と可愛げがあるというものだ。



「・・・とはいえ、今のままじゃ可愛げがありすぎるけど」



久しぶりに会ったアルヴァの姿を思い返す。
思わず笑いがこみあげずにはいられない。
あまりに笑いが過ぎてまた従者に不信に思われてしまうのもどうかと思い、
詳細な想像は避ける事にした。



オレ自身、ある程度の覚悟をもって今回リオンドールへ帰宅した訳だが、
そんな懸念も一瞬にして思考の端に追いやられた。
まったくアルヴァの奴ときたら、その場にいる全員を自分のペースに
巻き込んでいくんだからなぁ。



窓に肘をかけて頬杖をつく。
ぼんやりと外を眺める。
勿論こんな真っ暗な時間だ。
景色なんて見えやしない。



半日足らずの帰宅だった。
こうしてネフィラ・クラヴァータへ戻っていく往復の時間の方が
長いくらいだ。
そんな短い滞在、短い再会。



だけど、確信したことがある。



「・・・やっぱり、後継者にはアルヴァが相応しい」



外見がどう変わろうと、アルヴァはまったく変わらない。
卑屈になることもなく、荒むこともなく。
ただただ真っ直ぐに、自分の言葉で、ぶつかっていく。



そうしていつも、アイツの周りには人が集まる。
形や立場は違っても、アルヴァのために人が動く。
使用人は勿論の事、ミックやヴィヴィアンやエミール・・・
あの兄上でさえも。



「や〜れやれ、分が悪い戦いだなぁ」



窓から覗いた月に向かって愚痴をこぼす。
さすがに今回は嫌われたろうな。
そんな事を思いながら。



「・・・負けないぜ、アルヴァ」



これで同じスタートラインに立てた。
兄上とも、アルヴァとも、エミールとも。



これで真っ直ぐ歩いて行ける。
あの日オレを逃がしてくれたマダムやアッシュのためにも。



これで───



「アルヴァがドーソン家を手に入れる可能性は、
 三分の一から四分の二になった」



肌寒くなった気がして窓を閉める。
もう一眠りして目が覚めるころにはネフィラ・クラヴァータに着くだろうか。
そうしたら皆に今回の事を報告しよう。
皆にも今度のパーティーの招待状は届いているんだろうか?



眠気が頭の先からゆっくりと降りてくる。
そういえば招待状が見当たらないな、皆がまた揃ったらパーティーは
大賑わいだな。
そんな事を思いながら瞼を閉じる。



今度は弟に全然似ていない、あの腹立たしい父親が夢に出てこない
事を願って。
| 次男 クライド・ハンニバル・ドーソン | 17:00 | comments(0) | - |
ドーナツホール


───要するに、アレなんだろうな・・・


馬車に揺られながら、推し量る。
外の景色を眺めるような事はしない。
この数か月、ネフィラ・クラヴァータ周辺を行き来することが多く、
辺りの景観にはすっかり慣れてしまったからだ。



───オレはいつまでも『みすぼらしくて、ガリッガリ』で・・・



ラ・トリステス・ドゥ・レトアールで過ごした・・・
いや、過ごしたというにはあまりに日常とはかけ離れている。
15歳の頃に経験した、短いながらも鮮烈な監禁生活を思い出す。
暗く、重く、辛酸に満ちた日々。



───『あの』サリヴァンちゃんと『あの』レディ・Mの息子で・・・



最後に見たのは一年前という父親の顔と、八年前という母親の顔を
思いうかべる。
あの人達がそういう仲だった、という事実がどうにもピンと来ず、
二人でいる姿を想像してみる。
脳裏に出来上がったシーンはあまりに滑稽で、思わずプッ、っと
吹き出してしまった。



───きっと喧嘩をしても自分から謝るような事はせず、喧嘩自体が初めから
   ありませんでしたよ?なんて感じでお互い振る舞ってたんだろうな。



ひとしきり妄想をし終えた所で、本来の推量から逸脱している事に気付く。
どうにもオレの周辺には退屈しない強烈な人が多くて困る。



───つまり・・・マダムにとって、オレはいくつになっても
   『心配になっちゃうクライドちゃん』なんだろうな・・・



抱えた紙袋の中いっぱいに詰め込まれた、溢れんばかりのドーナツを
眺めて苦笑する。
さすがにあの頃とは違い、オレも標準くらいの体型にはなっていると
思うのだけれど。



ウィルマ様の後押しもあり、この数か月は各界の著名人との顔繋ぎに
奔走させられる事となったが、自分一人で夜遊びをしていた頃とは違い
流石に彼女の人脈は「一流」そのものだった。



今まで見てきた景色がいかに狭く、広い世界の一部でしか無い事を痛感した。
「ドーソン家から見た社交界」ではなく「社交界の中のドーソン家」という
視点を感じる事はこの数か月で得たなによりの経験に思えた。



が、あまりの忙しさにリオンドールの事を思い出さない日も増えてきた。
本末転倒も甚だしい有り様だったが、そんな折に一通の手紙が
ヘンリーから届いた。



特に誰にも居場所は知らせていなかったのだが、
さすがにウチの敏腕執事は有能らしい。
その有能さも、こうして外から見てみると新鮮に思えた。



手紙に記された内容・・・アルヴァの誕生日パーティーをきっかけに、
オレは一度リオンドールへ顔を出す事にした。



ウィルマ様とマダム・ロワイエに暇を告げ、それでは行って参りますと
出発をする際に『それじゃあコレを持っていきなさい!』とマダムに
渡されたのがこの大量のドーナツだ。



「いくらなんでも・・・こんなには食べられないだろ・・・」



心配性な保護者の気持ちを無下にする事も出来ず、一つ掴んで噛り付く。



「ん・・・?いけるな、これ」



マダムの手作りなのかシェフが作ったものなのかはわからないが、
ドーナツは意外と後を引く味で、あっという間に一個を平らげた。



「リオンドールに到着するまでまだまだ時間がかかりそうだし・・・
 もしかして全部食べちゃうかもなぁ・・・うん、美味い」



とりあえずもう一個食べるかと紙袋に手を突っ込む。



「アレ・・・」



そうして手に取った二個目のドーナツは、妙に歪な形をしていた。
中心の穴はキレイに円を描いているのに外側は凹凸が多くデコボコしている。



「・・・なんだか、ドーソン家みたいだな」



ドーナツの部分はオレ達四兄弟。
円環の内側はドーソン家。
それは言い換えれば名声、資産、人脈、使用人達。
今は四兄弟の内誰のモノという訳でもなく、ドーナツに包まれてそこにある。
だけど・・・



「・・・当然、こうなるよな」



ドーナツに噛り付く。
円環は崩れ、ちょうどアルファベットの「C」のような形になった。
その瞬間、内側にあったはずのドーソン家は外に漏れだした気がした。
ドーソン家を保つには、ドーナツの形を保たなければいけないのだ。



「だけど、後継者は一人だ」



後継者争いに勝つという事は、ドーナツに噛り付くという事だ。
四分の一に残ったドーナツに自分がなり、かつドーソン家が壊れないよう、
噛り付く前のドーナツの形でなければならない。



「矛盾、だな」



後継者争いという事態そのものが、ドーソン家を傷つけている。
仮に四兄弟の内の誰かが後継者に決まったとしても、散々家中を掻き乱して
ドーソン家の力は低下するだろう。
邪推すれば後見人の内の誰かにドーソン家を乗っ取られる事も
あるかもしれない。



「全く、父上も厄介な死に方をしてくれたもんだよなぁ・・・」



いや、あらかじめそんな内容の遺言状を遺していた
用意の良さを考えると・・・



「・・・ドーソン家の名誉どうこうより、あの世から眺めて
 楽しむ方を選んだか・・・」



考えようによってはオレ達の力量を試しているとも考えられるが・・・
まったく、ひねくれた人だなぁ。



「・・・でも、負けませんよ、オレは」



三個目のドーナツを手に取る。
これが貴方が天国だか地獄だかから突きつけてきたオレ達への挑戦ならば。
妾腹であろうとドーソン家を継ぐに足るか見究めたいならば。



「オレの答えは、こうです」



大きく、力の限り、口を開ける。
二個目よりも更に大きなドーナツを一飲みで口の中へ。



「ふぉうけぃひゃのじゃは、きゃにゃらずいひゃだきまふ」



そうして、貴方と、自分に勝ちます。



「しかし・・・」



心配事が無いわけではない。
そうそう上手く事が運ぶとは思っていない。
第一に・・・



「・・・アルヴァに、なんて切り出そうかなぁ・・・」



兄上を出し抜くより、こっちの方がよっぽど難問だ。



「ん〜・・・」



無意識に紙袋に手を伸ばす。
四個目のドーナツに噛り付こうとして、ふと、手が止まる。



「・・・とりあえず、残りはアルヴァへのお土産にしよう」



ドーナツを紙袋に戻し、そっと袋を閉じた。
| 次男 クライド・ハンニバル・ドーソン | 15:00 | comments(0) | - |
Montrachet
 

どうも、遅くなりました。

皆と同じタイミングで来るのはなんだか照れくさかったので、父上には待っててもらいました。
案の定、兄上には軽蔑されましたけど。



でも…墓参りなんて柄じゃないんですよ。
ましてや、あなたのなんてね。
想像通りこんな石碑が載っかるより、女がまたがっていた方がよっぽど似合っている。



…と、顔に何か当たったと思ったら…ほら、父上。
雪が降ってきましたよ。
どうりで寒いわけだ。



ハハ…いやぁ、あれからアルヴァなんかは泣くわ喚くわで大変だったんですよ?

あの普段はおとなしいエミールですら気が気でない様子で…でもアイツのそういう所が見られて安心しました。
なにせオレ達の中で一番あなたに似てないと思ってましたから。

まったく、相変わらずお人が悪いというか…父上にはいつも驚かされてばかりだ。
自由な人だとは思ってましたが…いきなり死ぬことはないでしょう?

ま、あの兄上だけはいつも通りですけどね。
おかげさまで表向きには普段と変わらない日常が戻ってきましたよ。



…そういうオレはどうなのか…ですか?



そうですね…これでおおっぴらに夜遊びもできなくなったので困ってますよ。
欲を言えばもう少し時間が欲しかったところですが…。

ああ、でもドーソン家に連れてきてくれた事には感謝してます。
おかげで大事なものが増えました。

絆も、思い出も。



…そうそう、今年摘まれた葡萄で作った白ワインを持ってきました。
気が利くでしょう?
なんでも今年の葡萄は近年稀にみる出来の良さなんだそうですよ。



え?今日はもう眠い?



それは残念、久しぶりに父上と杯を交わしたかったのですが。
じゃあグラスと一緒に置いていきます。
そのワインが飲み頃になる頃にまた伺いますよ。



おやすみなさい、父上。
| 次男 クライド・ハンニバル・ドーソン | 11:44 | comments(0) | - |
獅子身中
 

その日もざらにある朝食の風景だった。


アルヴァとエミールはヘイスティングスで寄宿舎生活をしているから当然この場にはいない。
片や同じ館で過ごしているとはいっても兄上と朝食を共にすることは滅多に無い。…ま、それは俺が兄上が言うところの「朝帰り」というやつが多い所為なんだが。
父上は…そもそも神出鬼没だ。


つまり…オレは一人だ。


だがこの時間が寂しいと思ったことは無い。
給仕をする使用人はその日によって異なるが、我が館ながらよくもまぁこれだけ型破りな者達が集まったものだ。


顔を合わせた瞬間はいつも緊張が見えるヒューイ。
だが、こちらから会話を持ちかけるとさながら万華鏡のような表情を見せてくれる。
その心根は実に純粋で、また主人の息子であるオレに質疑応答を求めてくるような大胆さも持ち合わせている。
…が、その事でヘンリー辺りに叱られてまた次回には緊張していたりするんだが、それがまた面白い。


常に笑顔を絶やさず、朝日にも似たバイタリティに溢れるアメリア。
彼女が給仕についたその日は、曇り空であろうと室内は活気に満ちている。
先日もオレのリクエストに応えてとある給仕長のモノマネをしてくれたんだが、偶然にも手紙を届けに来たナオミにそれを目撃されてしまい、刺すような視線を受けていた。
しかしアメリアの場合、ヒューイの様に落ち込む事はまず無い。それどころかそのモノマネに磨きがかかっていくのだから感心してしまう。


だが、思案の整理をするにはナオミがいい。
何の気なしに発した質疑への返答に出過ぎず、また物足りなさを感じることも無い。
会話の緩急が絶妙なのだ。
給仕長としての責任感、またそれに対する誇らしさが嫌味に映らず彼女の魅力を助長していた。


発想を転換するにはメーベルの右に出るものはいない。
人間はいつか空さえ飛べるんじゃないか…という気にさせてくれる。
彼女の着眼点は他と角度が異なり、時に非常に貴重なものになっていた。
「当たり前」なものなど無いとオレの思考に警鐘を鳴らしてくれる。


着眼点の相異という意味ではザビエルという面白いヤツもいたのだが、なぜだが先日布袋に大量の書物やら筆記用具を詰め込んでおそらく多量の涙を流しながら館を出て行った。…よだれだったのか?
別れ際、辞める理由も挨拶も無しにたった一言「その際はこのラングレー家秘伝のコニャックを用いて欲しいんでござる!!!」なんて言ってたが…どの際だ?
それにアレ…アルヴァのシャツ着て出てったんじゃないか?


だがなんと言っても神経を集中させるのはマリカだ。
朝から笑いを堪らえるのにどれだけの精力を消費するか…特にヒューイあたりが共に給仕を担当する日は命懸けだ。
そんな抱腹を目的として呼び寄せたわけじゃないんだが…あの頃を思い出して悪くない気にもなる。


あの兄上がいればそんな笑いを堪らえているオレにさえ侮蔑の眼差しを向けるが…父上は興味深くオレ達を観察しているように見えたな。近くはないが遠くもない…いつもそんな表情をしていた。


そういえば最近、父上と食事を共にする機会も減ったな。
最後に食卓を囲んだのはいつだったか…少なくともマリカがこの館に来てからは無かった様な気がする。


それより以前となるとオレの誕生日だったか…?
いやぁ、それとも夏の盛りの頃か…


コナーが食後の紅茶をテーブルに置く。
何かを言っているようだが不思議とそれは耳に入らず、柱時計をぼんやりと眺めたままいつまでも父親との最後の食事を思い出せずにいた。
| 次男 クライド・ハンニバル・ドーソン | 07:26 | comments(0) | - |
当たり前の境界線


 「また、試されているのかな…」



自室の机にこれ見よがしに置かれた数枚の書類に目をやる。
退出する前には無かった筈のそれは、来月このドーソン家で催されるパーティーの招待客のリストだった。


手にとって幾度か目を通してみる。
おそらくこれを置いていったのであろうヘンリーの意図を注意深く探ってみるが、先だって見たものから何か変化があったとも思えない。



「…考えすぎか」



もしヘンリーに何かしらの目論見があれば、先日のように自らの手でオレを試すだろう。
こうして書類だけを置いて直接報告に来ないところをみると、やはりこれは回覧のようなものだと考えるべきか。


徒労と判断して苦笑が漏れる。
そうだ、この招待客を選んだのはあのお堅い優等生兄貴じゃないか。
リストを見渡しても今回訪れるのは、実力者というには程遠い羊頭狗肉の名門貴族や、中身があるとはいっても既に旧知の仲であるマードック家のヴィヴィアンやローズマリー…あるいはハウエル家のミックといった気心の知れた者達だ。


だが、馴染みの面々との再会は悪くない。
特にヴィヴィアンなどは輝くばかりの美貌を持つ絶世の美女、と社交界でも評判だ。
あのアルヴァを泣かせてばかりいた天真爛漫な少女が、どう変化したか見ものだな…。



「その時アルヴァはどんな顔をするんだろうな…いやぁ、それ以前にヴィヴィアンの前に出てくるかな?」



館内を右往左往する弟を想像して頬がゆるむ。
この部屋に逃げ込んてきたときはせいぜい、匿ってやるとしよう。


リストを仕舞おうと机の引き出しを開ける。
だが同じ引き出しに仕舞われた、同じような大きさの書類が目に留まった時、黒い煙のような違和感がわだかまりとなって胸につかえた。



「…変化?本当にヴィヴィアンだけなのか?変化したのは…」



何かを見落としている。
それが何かを即答できぬまま、記憶の中の幼いオレ達は黒くくすんでいった。
| 次男 クライド・ハンニバル・ドーソン | 07:31 | comments(0) | - |
下天のうちをくらぶれば


 「…思っていたより、楽しませてくれるな」


ポツリと漏らしたその言葉が余程気に障ったのか、あるいは依頼した調査があまりに物足りなかったのか…いやぁ、その両方だな。眼前の彼女は険しい表情と刺すような視線を投げていた。


「おやおやマリカ君、あんまり難しい顔をしていると老けるでゲスよ?」


出来の悪い冗談が更に彼女の感情を害したらしい。
溜息を短く一つつくと、途中報告に来ていたはずなのに最早こちらには一顧だにせず、淹れたてのオータムナルの芳香を楽しみ始めた。
やれやれ、建前とはいえ一応使用人だろ?ナオミ辺りが入ってきてこの前みたいな事にならないといいがな。


「さて…肩慣らしはこんなもので済んだか?次はそこの懸案について下調べをしてもらいたい」


机の上に山と積まれた、前回の二倍はあるであろう資料を指差す。
だがこの程度の未来は調査の段階で予期していたのだろう。一通りの書類に目を通すと肩を竦めて嘆息した。


「お望みの報告についての三分の二は、今の時点でできるわよ?なんならその先の調査もしておきましょうか?」


彼女が言うところの『目立たたないために』つけているという眼鏡を外しながら、挑戦的な目つきと怜悧な声をこちらに向ける。まぁ確かにその容姿では、それをつけてないと目立つだろう。


「それは頼もしいな…それじゃあ並行してコレの調査もお願いしようか」


一枚の資料を手渡す。
その文書を読み終えるまでの僅かな時間、片眉が小さく跳ね上がるのを見過ごす事はできなかった。
やはりマリカの目から見ても、それは不審ないしは異端なものに映るらしい。


「過重労働をさせてくれるわね。…こんな所にまで万全を期すなんて、そんなに注意するべきものがこの館にはあるのかしら?」


マリカの声が警戒と疑心を孕む。


「さぁな…だがおそらく予想外の事態というのは起こるのだろう。なにせ曲者が多い館だからな。だが…」


腕を投げ出したままソファーに深くもたれ、真っ直ぐ前を見据える。
一刹那、自問自答を試みたが拒否された。
そうだ、もう決心した事だ。


「勝つのはオレさ」


引き返せない。
そんな決心を察したのか、それとも長居は無用と感じたのか。
必要な書類をまとめて退出の用意を整える。
だがドアノブに手をかけた時、背を向けたままマリカは立ち止まった。


「大した自信ね。どうせ負ける事なんて少しも考えていないんでしょ?だけどもし…」


わずかにこちらを振り向いて言葉を紡ぐ。
窓から差し込む月明かりがあるものの眼鏡で表情は見えず、歪む口の端を青白く照らすだけだった。



「もし私があなたのその遠大な計画を抱えて、たとえばそう…あなたが敬愛して止まないお兄様の所や、あの有能執事さんの所に駆け込むような事があっても、今みたいな自信を保っていられるかしら?」


月に雲でもたなびいたのか、夜陰が濃くなる。
視線を落とせば足元まで闇に覆われていた。


「…悪くないな」


相変わらず、マリカの顔は見えない。


「長い付き合いだ、お前に裏切られて終わるような事があればオレもそこまでの男だ」


ドアが開いて、軋む音が暗がりに響き渡る。


「…馬鹿らしい」


おいおい、静かに出ていかないとあの有能執事さんあたりに気づかれるぞ?
ソファーにもたれていたい自堕落な気持ちを抑え、立ち上がり机に向かう。
返事を書かなければいけない手紙が山積しているからだ。
| 次男 クライド・ハンニバル・ドーソン | 22:47 | comments(0) | - |
霧中の酒池肉林


 そこは地上の楽園と見まがうばかりの場所だった。


所狭しと飾り付けられた絢爛豪華な宝飾品の数々。
国内外より集められたのであろう山海の珍味達は、この会場にいる人間だけでは三日三晩かけても食べつくせない程の量だ。
その傍らには名品と名高い幾多の銘酒達が、この場では月並みと言わんばかりに散乱している。
最高級のビロードが惜しげもなく使われた煌びやかな衣装を纏った美女達の芳香に、眩惑された男達がそこかしこで上機嫌な笑い声を上げていた。


厚く雲がかかり月明かりが望めぬ今宵だが、この会場内は眩いばかりに輝いている。
その中でも名門と謳われるドーソン家の次男たるこの俺の周辺は一層輝いていると言っていいだろう。
時の権力者、傾国の美女達がひっきりなしに俺のもとを訪ねるのだ。
権力、酒、美しい女達…ああ…



「反吐がでるなぁ…」



ふと漏らしたその言葉に、どこだかの地方にあるなんだかとかいう自称名門貴族がきょとんとした表情を浮かべる。
その表情を目の当たりにして、ようやくこの夜初めての心からの笑顔を向けることができた。



「これは失敬。今夜用意されたワインのあまりの素晴らしさに、恥ずかしながら我を忘れて恍惚としていたようです。…少し夜風にあたって参ります」



心にも無い言葉を彼に投げかけ、心にも無い笑顔を背に受けてその場を中座する。
この館のテラスがどこにあるかはわからないが、散策がてら館内を見てまわるのも悪くないだろう。
…こんな空々しいパーティーを催す主人の家だ、どうせつまらない館なのだろうが。


当代指折りの名門貴族の誕生日祝ということで顔を出してみれば何のことは無い。
集まってきたのはこの家に代々媚びへつらってきた、命じられれば靴の底もなめんばかりの阿りだけが取り得の連中だ。
過去にはさぞかし優秀な当主が現れたのだろうが、代を重ねる内に権力と資産を消費することしかできない、無能な家に成り下がったのだろう。


しかし…この家の使用人には悪くない者達が何人かいたな。
だが察するにあまり重用されていないようだった。
あれだけ優秀な者達が下働きをしているくらいだ…この家の腐敗も随分進んでいるようだな。


欲しいな…あの男達。


価値があるのはあんな華美な宝飾品でもヴィンテージ・ワインでもましてやただ広汎なだけの館でもない…ああいった俊英な人間達こそが至宝であるという事がなぜわからないのか。
まったく、ありがたい事だ。



「手に入れてやるさ…あの者達も、ついでにこの家もな」



涼やかな風が頬を撫でる。
どうやら目的達成は近そうだ。
| 次男 クライド・ハンニバル・ドーソン | 02:10 | comments(0) | - |

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